「カレ」「祈り」


 シュトックハウゼン講習会の規模、予算ではオーケストラなどの大編成の作品を演奏することは無理なのですが、電子音楽のようにテープを再生することによってこうした作品の上演の機会を作る、というのは非常にシュトックハウゼンらしいといえます。テープによる上演というとなんだかチープな印象がありますが、シュトックハウゼンにとって生演奏であろうと電子音であろうと録音された生演奏であろうと音は音です。そして、彼にとっては録音はミスの全くない音量のバランスが完璧にとれた理想の「演奏」をいつでも聴けるようにする「都合の良い手段」でもあります。
 「カレ」はシュトックハウゼンの若き日の傑作で4群のオーケストラと合唱が聴衆の周りを取り囲んで演奏するという実に再演のしにくい曲で、四方から音響が聞こえてくるという体験も一般的なステレオ装置ではほとんど不可能です。今回の上演は4チャンネルのテープによる上演でしたから、「カレ」の大きな特徴であるこの音響の空間移動の効果をたっぷり楽しむことができました。このテープは世界初演のゲネプロの様子を録音した4チャンネルのテープ(この録音のステレオ・ミックスはシュトックハウゼン出版のCD全集第5巻に収録されています)を最近になってマスタリングし直し、音質の改善、チャンネル間の音量のバランスの修正などを施したものです。4チャンネルですからそれぞれのチャンネルに一つのオーケストラと合唱のグループがまとめられているので実演で聴く音響とはかけ離れているのですが、この作品の持つ電子音楽的な音響の側面が強調されて、あたかも生楽器で「コンタクテ」の電子音楽を演奏しているような面白い効果が出ていました。そして当然ながらステレオ・ミックスで聴くよりも音質はクリアーになり、個々の音は輝きを放って空間を蠢いていました。ほぼ同時期のオーケストラ作品である「グルッペン」の動的で華麗な音響に比べて「カレ」の静的な音楽は一見地味に聞こえますが、むしろこちらの方に後のシュトックハウゼンへつながっていく要素があるし、聞き込めば聞き込むほどに新しい発見のある、より深い味わいがあると言えると感じます。

 さて、2000年に引き続き今年も演奏された「祈り」ですがこちらのオーケストラの録音は前回と同じくステレオによる再生でした(というか、シュトックハウゼン全集のCDをそのままかけているだけです)が、巧みなセッティングによりステレオとは信じがたいほどの立体的な音響を楽しむことが出来ます。この「超高級カラオケ」に合わせてアラン・ルアフィとカティンカ・パスフェーアがマイムを演じる訳ですが、前回見た時にはところどころで「ずれ」のあった2人の動きが今回はよりピッタリと合っていました。細かく「記譜」されているはずのこのジェスチャーにも実は若干の「解釈の余地」が残されていて、その2人の微妙な動きの(ずれではない)差異も非常に興味深かったです。
 そしてやはり今回も感動したのが「祈り」の音楽とジェスチャーの関連について詳細に説明する作品「HUについてのレクチャー」です。前回と同様、カティンカがこの「作品」を演奏しましたが、「祈り」に仕組まれた音楽とジェスチャーの精巧な連関について圧倒的な説得力で歌い、演じながら(「暗譜」で)説明するカティンカの1時間の(クールな)熱演にはただただ恐れ入るばかりでした。
 余談ですが、この作品のリハーサルの時に、シュトックハウゼンが、カティンカの話す特定の単語がグリッサンドを伴って発音されるのが気に入らない、などと姑並みの細かいダメ出しをするのには、カティンカ本人を含め、リハーサルを見学していた全ての人から失笑が漏れていました(笑)。

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