「光」に含まれる7つのオペラの中では地味な印象のある「土曜日」ですが、このオペラからの派生作品にはソリストとしての技量をアピールできる演奏効果の優れた作品が実は沢山あったりします。第1場をなす「ピアノ曲XIII」はエレン・コルヴァーの「ドタキャン」により今回演奏されませんでしたが、第2場の「カティンカの歌」、第3場からの「右眉毛の踊り」「鼻翼の踊り」「上唇の踊り」とたくさんの作品が演奏されました。
「鼻翼の踊り」は一昨年のアンドレアス・ベティがーによる好演が印象に残っていますが今回は打楽器の新しい講師(今年で2回目です)、ミヒャエル・パットマンによって演奏されました。昨年の「ツィクルス」の演奏でも感じたのですが、私は彼の演奏があまり好きになれません。今回の「鼻翼の踊り」は似非ドラムセットを猛烈なバカテクで叩きまくり両手のバチを頭上にかざすロックミュージシャンなみのアクション(笑)も要する作品なのですが、テクニックはあるものの、この作品に要求されているユーモアのセンスがほとんどゼロなことに失望を禁じえません。このバチを頭上にかざすジェスチャーは音楽的にはほとんど意味がないのですが、その馬鹿馬鹿しいしぐさを思い切って出来るかどうかはこの作品の演奏にとって意外に重要なことだったりします。アンドレアスの場合はここぞとばかりに大見得を切ってこうしたしぐさをしてくれるので、見ててもとても気持ちいいのですがミヒャエル・パットマンはこの仕草が実に中途半端でそれならいっそ何もしなくてもいい、と感じるほどでした。シュトックハウゼンの数年前の「テロ発言」に過剰反応してシュトックハウゼンの元を離れていってしまったアンドレアスの愚行が悔やまれます。
一方「上唇の踊り」を演奏したマルコ・ブラウには非常に好印象を持ちました。昨年演奏した「ピエタ」は努力の跡は見られたものの、マルクス・シュトックハウゼンという偉大なトランペッターの後釜を勤めるプレッシャーからか演奏の集中度がいまいちで思わず寝そうになってしまった今一つの演奏を披露していましたが、今年はより演奏がこなれてきて今後の展開が非常に楽しみでした。この作品はトランペッターにとって過酷な要求に満ちた難曲で、逆にそれ故トランペッターとしての技巧と音楽性をアピールできる作品なのですが、彼は顔色に苦しそうな表情を見せていたものの演奏自体は完成度の高いものでした。
「右眉毛の踊り」は今回世界初演となった作品ですが、複数のクラリネット、バス・クラリネットから構成されるアンサンブルとシンセサイザー、打楽器で演奏されます。オペラのこの「右眉毛の踊り」はそれほど長くないのですが、このヴァージョンでは続く部分もこのアンサンブルで演奏できるように編集しアレンジしているので全体の演奏時間は30分くらいはあったと記憶しています。クラリネットのアンサンブルは本講習会の受講生たちで演奏されましたが、気が付くとこういった比較的大きな編成の作品が演奏できるほどクラリネットの生徒が増えているのだな、と感心しました。このアンサンブル全体で眉毛を「演じる」のですが、クラリネットを全員でそろって上げたり下げたりすることによってこの眉毛の動きを演出するというシュトックハウゼンらしいユーモアに溢れた作品です。当然ながら音符自体の演奏は決して簡単ではありませんから、演奏しながらそうした動きをすることは非常に難しいのは分かるのですが、演奏者によっては前述のミヒャエル・パットマンのようにこうした動きが中途半端な人も一部いて、そこが難点だったかなとは思います。結局作曲者としては最終的には音符の方を優先するので稽古の日程がタイトになってくるとこうした視覚的な側面は後回しにされがちなのですが、こうした面まで丁寧に訓練された演奏も知っているだけに、その点に関してはやや残念だったとも言えます。
「カティンカの歌」は今回フルートと電子音楽によるヴァージョンで演奏されましたが(2000年には受講生によってフルートと6人の打楽器奏者による版が演奏されました)、カティンカの演奏に関しては本当に非のつけ所がありません。この作品はシュトックハウゼンとカティンカの現在までに至る濃密なコラボレーションの原点とも言える作品で、彼女によって何度も演奏されているのでそれはある意味当然とも言えます。この作品の電子音楽はシュトックハウゼン作品では例外的なのですがIRCAMで制作されました。そのため他のシュトックハウゼンの電子音楽作品とやや音色感が異なりますが低音の持続音とその上で戯れる倍音列の響きをマルチチャンネルで味わえるというのはとても楽しい経験でした。ちなみに、この倍音の動きを強調した6チャンネルの電子音楽はその発想や6声という構成がなんとなく「シュティムング」を思い起こさせます。「光」にはシュトックハウゼンのそれまでの創作活動の集大成的な意味合いもあるので、しばしば作品の構成や発想に以前の作品で試みられたものが微妙にひねりを効かせて再登場することがよくあるのです(一方、過去の作品の音楽的な引用はほとんどありません。例外は「木曜日」の第3幕で「ティアクライス」のメロディーの冒頭が演奏されたり、「火曜日」の第一幕「暦年」で「ハルレキン」「マントラ」「祈り」のフォーミュラがさりげなく演奏される程度でしょうか)。
電子音楽の必要な「カティンカの歌」はともかく「上唇の踊り」や「鼻翼の踊り」はシンセパートなどを割愛してトランペット・ソロ、打楽器ソロで演奏できるのですが、日本国内で優れたトランペット奏者、打楽器奏者によって(おそらく日本未初演の)こうした作品が紹介されることを強く願ってやみません。