Die 7 Lieder der Tage


 一昨年に引き続いて、今年も受講生のコンサートで演奏することができました。演奏した曲は去年から勉強していた「Die 7 Lieder der Tage」という曲です。「7つの曜日の歌」とでも訳せばよいのでしょうか。この作品は「光」の「月曜日」の第2幕で7人の子供が7つの曜日についての小さな歌を順番に歌っていく場面をソリスト(歌手でも楽器奏者でもよい)で演奏できるようにアレンジした作品で、シンセサイザー(またはその他の和声楽器)とのデュオという編成になっています。ただし、このシンセパートは省略して無伴奏のソロ作品としても演奏できます。
 昨年は本講習会のシンセサイザーのクラスの講師であるアントニオと一緒に演奏しながら勉強できたので、今年のコンサートでは是非デュオで、と思っていて、アントニオやその他のシンセの弾ける受講生と調整をとっていたのですが(最終的にはシュトックハウゼン本人も絡んできました)、それぞれのスケジュールの都合などでうまく都合がつかず、結局無伴奏ヴァージョンでの演奏となりました。
 
 この作品は演奏時間約8分の小さな作品なのですが、きちんと演奏しようとするととてつもなく難しく、キュルテンにいた一週間は毎日4〜6時間この短い曲だけをさらっていました。
 この作品は7つの小さな歌から構成されていて月曜日から日曜日までのそれぞれの曜日について(つまり「光」のひとつひとつのオペラについて)説明していく構成になっていて、「光」の3声のスーパー・フォーミュラを細かく分割してソリストでこのフォーミュラをほとんどオリジナルに近い形ですべて演奏するようになっています。例えば「月曜日の歌」では「月曜日」のフォーミュラがエーファ、ミヒャエル、エーファ、ミヒャエル、ルツィファーの順番で全て演奏されます。
 
 フォーミュラは70年代以降のシュトックハウゼン作品においては全曲の構成の基礎となる重要な役割を持っていて、音楽的に変化に富むように、フォーミュラは音程、リズム、テンポ、音色、音量などのそれぞれの要素の多様性が発揮されるように作曲されています。
 したがってこのフォーミュラ全体をほとんどそのまま使った「Die 7 Lieder der Tage」では当然そうした多様性が短い演奏時間の中に凝縮されているので、ほとんど1つのフレーズごとに音楽的なキャラクターが極端に更新されるような格好になっています。
 
 ここでは、そうしたシュトックハウゼン作品を演奏するために重要だと思われる事を列挙していきたいと思います。
 
 まず、今や非常に有名になっていることですが63.5, 107などの「テンポの半音階」は当然厳密に守らなくてはいけません。例えば「日曜日の歌」ではテンポが8小節の間に 63.5(3拍) - poco rit.(2拍) - a tempo(6拍) - 67(2拍) - 60(1拍) - 67(2拍) - 60(1拍) -rit(4拍). - 67(2拍) - 60(2拍) - molto rit.(2拍) - 60(5拍) - rit.(2拍) - フェルマータ というように細かく変化しますが、メトロノームを駆使してこのテンポ感が体に入るまで何度も練習する必要があります。
 シュトックハウゼン作品においてはリタルダンドも厳密に規定されています。rit. はもとのテンポの2分の1まで、molto rit. はもとのテンポの4分の1まで、といった感じです。これは通常のリタルダンドの感覚よりも極端な感じなのですが、ともかくテンポの到達点をやはりメトロノームで確認してリタルダンドのテンポのカーブをやはり体に叩き込む必要があります。
 「日曜日の歌」では4分音符=60からの2拍にわたるのmolto rit.がありますが、これは4分音符=15までテンポを落とすと言う事を意味します。ここのフレーズでは3連符が支配的ですのでそのテンポで読み替えると180から45まで落とすと言う事です。この2拍のmolto rit.のなかに3連符が6つあるので、4つ目の3連符でテンポが90、残りの3つで45まで落とすということですから、このリタルダンドの極端さが分かるかと思いますし、この感覚に慣れるためにはメトロノームで厳密に練習する必要があります。

 次に、音量の設定です。シュトックハウゼン作品の演奏において音量のバランスをとるというのは非常に重要で、しばしば数拍の間に極端な音量の変化を作らなくてはなりませんし、一つの音符ごとに細かく音量を変えなくてはいけないところも少なくありませんが、それも体に入るまで徹底的に練習する必要があります。音量だけ考えるのならそれほど難しくないのですが、同時に音程やリズム、歌詞などに対する要求に応えていこうとすると、これは大変困難な作業になってきます。個人的にはこの部分でもっとも苦労しました。
 
 当然、音程を正しく取る事も非常に重要です。
 2年前にTierkreisを演奏した時シュトックハウゼンからいくつかの不正確な音程について指摘されたので、今回はかなりシビアに練習したのですが、シュトックハウゼンからかなり音程が正確になってきた、と演奏の直後に褒めて頂きました。しかし、その一方でその次の日には、一般的に無伴奏で歌うとどうしても音程が狂いやすいし、楽器の演奏に比べると、明らかに音程の悪い所が多い、とも指摘され、この人には本当に妥協がないのだな、と痛感しました。
 そして、この作品にはいくつかの微分音のフレーズがありますが、「日曜日の歌」には8分音と4分音が出てきます。G音とその8分音上の音、Gの4分音上の音の3つの微分音だけで6拍歌うフレーズがあってこのフレーズを正確に歌うのには非常に苦労しました。広すぎても狭すぎてもだめで、アントニオにお願いしてシンセでこの微分音をプログラミングしてもらい、一緒に練習することによって何とかイメージをつかみましたが、このフレーズにはさらに細かいアーティキュレーションや音量の変化があり、本番ではおそらく練習時の半分くらいの成果しか出せなかったと思います。
 
 今少し触れたアーティキュレーションですが、これも非常に重要です。要するにスタッカート(シュトックハウゼンの場合は常に極端に短いです)、テヌート、アクセントなどをきちんと守る、ということで、一見何でもなさそうなのですが、音量の変化と常にセットになっていて、その指示も細かいので、体に感覚がつくまでは非常にアクロバティックなことをやっている気分になります。そして、このアーティキュレーションは歌詞の発音の面でも非常に細かい要求があります。とにかく、子音を極端なまでにはっきりと発音する事が要求されますし、それはしばしば子音を別シラブルとして記譜されている所にも反映しています。同じシラブルで音程を変えたり、同音で歌い直したりする場合は常に"h"をそれぞれの音にくっつけて、Mo-ho-ho-ho-hon-ta-ha-ha-ha-ha-ha-ha-k(=Montag)などと発音する必要があり(こちらも楽譜に明記されている事が多いです)、そのテクニック自体は合唱でメリスマを歌う時によく使うのですが(結果としてフレーズが明確に聞こえるようになります)、頻繁に出てくるので、これを完全にこなすのは容易ではありません。
 
 子音をなぜ強調するかというと、言葉を明確に伝える目的とともに、子音のノイズ的性格を母音と同等に扱う意図もあります。そしてそのノイズ的性格がさまざまな特種唱法(グリッサンド、息を混ぜて歌う、シュプレヒ・シュティンメ、音程のない語り、舌うち、指のクリック、倍音唱法、指を咽喉や唇に当てる事によるトレモロ、t, j, f, sh の子音を完全にノイズとして扱った唱法、キスの音、足で床を鳴らしたり擦らせたりする事によるノイズ、ファルセット、ヨーデル風な効果、金管楽器を吹くように唇を震わせそれをマウスピース風に丸めた指に当て同時に歌う事によるリングモジュレーション風の効果、口笛、気息音、手拍子や手を擦りながら歌う)と結びつく事によって、短い演奏時間の中に声のありとあらゆる可能性を使い切る結果になるのです。
 明らかな特種唱法はやり方をマスターすればそれほど大変ではありませんが通常の歌と語り風の歌い方を厳格に区別するのは極めて難しいです。それぞれの唱法で息を混ぜた歌い方、混ぜない歌い方を区別する必要があるし、それらがしばしば短い時間に交代し、音量やアーティキュレーション、その他の特種唱法などについても同時に考慮しなければならないからです。
 
 そして、こうした演奏上の困難を克服しながら、ジェスチャー付きで歌わなくてはなりません。1曲ごとの基本姿勢(座る、片ひざを立てるなど)があり、その姿勢を保ったままで、楽譜に詳細に示されたジェスチャーを付けながら歌うのですが、しばしば歌いにくい体勢のこともありますし、手と足で別の事をしながら複雑なフレーズを歌わなくてはならなかったり、数秒ごとに違うジェスチャーをして数種類の特種唱法を切り替えるなど、ほとんどサーカスの曲芸のような感じですから、そちらの練習も困難を極めました。
 しかし、もともと子供が歌う曲ですから、そうした複雑な事を大変そうにやるのでなく、しばしばユーモラスに楽しく行う事も必要です。この辺は私の得意分野ですが(笑)、やはり演奏自体が大変なので、しばしばもっと楽しげに、とダメ出しをされました。
 
 やはり、シュトックハウゼンという伝説的な人物の前で演奏するのは緊張するものです。2年前よりはリラックスして演奏できましたが、ステージに立つと、他の舞台では体験できない不思議な空気を感じました。
 練習の100%がとても出せたとは思えない本番でしたが、それでもお客さんの反応はとてもよく、演奏直後にシュトックハウゼンに会うと、彼は(幾つかの小さな不満を述べつつも)とても喜んでいて、「私の演奏からは誠実さが感じられる」というコメントを頂きました。たしかに、スコアに書かれた詳細な指示を最大限の努力で音にしようと努力をしましたから、そこを指摘してもらったのはとても嬉しい事です。
 
 短い時間でとても処理できないような要求を次々としてきた声楽の講師のニコラスも(今回は前回に増して鬼のように厳しく集中的なレッスンでした)、とても喜んでいてビールをおごってもらい、例によって知らない人が次から次へと「おめでとう」と握手を求めてきたりと、厳しい練習の成果はありましたが、私の演奏はコースの最終日の前日だったので、本当にリラックスして過ごせたのは最後の1日だけ、しかもかなりぐったりした状態だった、ということで充実はしたものの非常にハードな一週間でした。

このときの演奏の模様やリハーサル、レッスンなどの写真をアップしました。
こちらよりご覧下さい。

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