「日曜日」からの4つのシーン(前編)



 今年のシュトックハウゼン講習会のコンポジション・セミナーのテーマはHOCH-ZEITEN(オーケストラ版)DÜFTE-ZEICHEN、そして演奏会ではではENGEL-PROZESSSIONEN「日曜日の別れ」が演奏されました。この3つの作品は、どれも7つのオペラからなる『光』の最終章である「5つのシーンと「別れ」からなる日曜日」の3つのシーンですから、「日曜日」のかなりの部分を一気に聴いたり学んだりする事ができたことになります。

 HOCH-ZEITEN(オーケストラ版)「日曜日の別れ」の2つの作品は本質的には同じ作品で、それぞれHOCH-ZEITEN(合唱版)をオーケストラ、または5台のシンセサイザーで解釈し直したものです。2つの作品ともHOCH-ZEITEN(合唱版)と音程やリズムの構造は全く同一です。HOCH-ZEITEN(オーケストラ版)ではそれぞれのコーラスのパートがオーケストラの各楽器に置き換えられるだけでなく、コーラスが歌うテキストの子音や母音の違いを装飾音、奏法、演奏する人数の違いとして解釈し直し、オーケストラならではの音色の多様性をうまく生かしています。
 そしてオーケストラ版には合唱版にはなかった7つの「回想」がその上に重ねられています。この「回想」とはオーケストラの中から二人の奏者がステージ前方へ歩いて来てデュオを演奏するのですが(1つの「回想」だけ例外的にトリオで演奏されます)、演奏される音楽はすべて「光」の様々なシーンからの引用です。「木曜日」の「MONDEVA」、「土曜日」の「カティンカの歌」、「月曜日」の「7つの曜日の歌」、「火曜日」の「ピエタ」、「金曜日」の「ELUFA」、「水曜日」の「ミヒャエリオン」(ここだけトリオ)、「日曜日」の「LICHTER-WASSER」からの部分がオーケストラの楽器のために音色(と若干の細部)を置き換えて演奏されます。7つのオペラからなる大作『光』の一番最後の場面なのでこうした楽想を挿入したのでしょうけど、引用された部分はどれも『光』のハイライトとも言える美しい部分ばかりで、これをオーケストラの楽器に置き換えたヴァージョンで聴けるのも楽しいものです。
 さらに別のホールで同時に演奏されている合唱の音響がステージ上方に設置された5つのスピーカーから(衛星中継されて)再生され、オーケストラの生演奏の音響に重なる「ブレンド・イン」というイベントが7回起きます。ちなみにこのイベントは合唱版でも挿入されますから、7箇所で別ホールのオーケストラの音響と合唱の生演奏がブレンドされることになります。このイベントに2つのホールで同時に演奏することによるアクロバティックな同期の効果が表れるのですが、このブレンド・インをより興味深いものにするためにシュトックハウゼンはちょっとした細工をしました。オーケストラを先に演奏を始めさせ、合唱はオーケストラから18秒遅れて演奏を開始するように決めたのです。このことによって、ブレンドされる合唱の音響はその直前に演奏していたオーケストラの音響の一種のエコーのように聞こえます。逆に合唱版の場合ブレンドされるオーケストラの音響がその直後に演奏される合唱の音響を予言するような感じになります。そして、合唱もオーケストラも5つのグループに分かれ、それぞれが異なるテンポで演奏していますからオーケストラと合唱のタイミングがずらされている事により、10のレイヤーが同時に演奏される、という極度に複雑な音響効果が実現されているのです。
 オーケストラ版ではこれらの7つの「回想」と7つの「ブレンド・イン」が基本の5層の楽想の上に重ねられている時間が全体の演奏時間のかなりの割合に達しているので、この作品全体にわたって極度に複雑なテクスチュアが支配されているといえます。そしてその複雑さにも関わらず音響全体が意外にすっきりしているのは、シュトックハウゼンの熟練した作曲技法の洗練と、演奏におけるバランスへの細かい配慮の賜物だと感じました。
 
 ちなみに、この作品のレクチャーでこの作品の録音をいくつものヴァージョンで聴く事が出来ました。オーケストラ版、合唱版、「回想」を含む、あるいは含まないヴァージョン、「回想」のデュオのみ、「ブレンド・イン」を含む、あるいは含まないヴァージョン、5つからなるグループのひとつのグループのみを取り出したもの、など一週間のあいだに本当に何度もこの作品を繰り返し聞きました。繰り返しの聴取というのは、極度に複雑なシュトックハウゼン作品の理解には必須とも言えるもので、これだけ沢山聴いてもこの作品を完全に聞き分ける事は出来ませんでした。CDを買って家でさらに何度も聴き、文字通り何百回と繰り返し聴く事により、ようやくこの作品の真価が理解できるのです。
 
 「日曜日の別れ」は「日曜日」全曲の演奏の際には終演後のロビーで演奏される電子音楽の扱いですが、今回のように独立した作品としてステージで演奏されることも可能です。前述のように、この作品はHOCH-ZEITEN(合唱版)の合唱の5つのグループを5台のシンセサイザーで解釈したものですが(「回想」「ブレンド・イン」などのイベントは挿入されません)、HOCH-ZEITEN(オーケストラ版)はすべてがシュトックハウゼン自身によってスコアに書き記したのに対し、「日曜日の別れ」では5人のシンセサイザー奏者が自分たちで合唱の音響の変化を自由にプログラミングし、それをリハーサルの過程でシュトックハウゼンがダメ出ししながらまとめていく、という方法を取っています。5人のシンセサイザー奏者はシュトックハウゼン講習会のピアノ・クラスの講師の二人ベンヤミン・コブラー、フランク・グートシュミットとシンセサイザー・クラスの講師アントニオ・ペレス・アベリャンにピアノ・クラス、シンセサイザー・クラスの受講生を加えたメンバーで構成されていましたが、当然ながらピアノ・クラスの講師、受講生はシンセサイザーのプログラミングにはそれほど熟練しているわけではないので、この作品の演奏の準備はかなり大変だったようです。当然予想されるようにこの作品も5人のシンセサイザー奏者がそれぞれ異なるテンポで演奏するので、各演奏者がイアフォンからクリックトラックを聞きながら演奏し、リアルタイムでプログラミングをどんどん変えながら弾くのでその演奏は非常に大変だったと思います。
 そして聴く側にも非常に大きな要求がある複雑な作品なので、休憩を挟んで2度演奏されました。5人ともよく健闘していましたしそれなりに興味深い音響ではあったのですが、私の耳にもシンセサイザーのプログラミングがまだ十分に洗練されていないのは明らかでした。講習会のあとにも何度かこの作品の演奏が予定されているので、その過程でさらにプログラミングを訂正し、CD録音に向けて最終的なヴァージョンへと「進化」させていくのだと思います。

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