ここ数年シュトックハウゼンのお気に入りのテノール歌手のフベルト・マイヤーはシュトックハウゼン講習会にもたびたび参加していますが、今回はテノールとシンセサイザーのための「ティアクライス」の新しいヴァージョン、「7つの曜日の歌」、「ローザ・ミスティカ」の3曲を演奏しました。
「ティアクライス」は数あるシュトックハウゼンの作品の中では非常に親しみやすく、演奏の機会も比較的多い作品ですが、演奏者が自由に自分用のヴァージョンを作成する、という演奏指示が逆に仇になって、作品の意図を汲んだ本当に興味深いヴァージョンは皆無に近い状態です。シュトックハウゼン自身によるヴァージョンもいくつか作曲されていますが、今回作成されたテノールとシンセサイザーのためのヴァージョンはそれらの中でも最良の仕上がりであると言えましょう。
「ティアクライス」は黄道上の12の星座に対応して作曲された12の短いメロディーですが、それぞれのメロディーを3〜4回繰り返し、その際に演奏者が自由にメロディーを解釈して演奏するように求められています。難しいのはどの程度メロディーを変えていいのか、変えてはいけないのか、というラインです。作曲者が監修をしていない巷に出回っているほとんど全てのヴァージョンがつまらないのは、何もやらなさすぎか、勝手に変えすぎか(例えば、Wergoからでている某トロンボーン奏者による作曲者曰く「買ってはいけない」ヴァージョン)のどちらかでバランスを欠いているからなのですが、作曲者自身によるリアリゼーションは当然「丁度良い」ポイントを押さえています。
メロディーのもともとの姿はほとんど変えずに、楽器の組み合わせや音域の変化、トリルなどの装飾音やフェルマータ、グリッサンド等の付加、、rit.やaccel.を使用したテンポの変化、CDの針飛びのように特定の数音を繰り返すことによる奇妙な効果などを巧みに配置し、変化に富んだ世界を構成しています。
ちなみにテノール・パートでは、複雑に構成されたジェスチャーを手で表現しながら歌い、一箇所「オヤジギャグ」よりもセンスの悪いベタなものまねを要求されています。
印象的だったのはアントニオによるシンセサイザーのプログラミングです。「ティアクライス」がもともとオルゴールで演奏されるためのメロディーとして作曲されたのはよく知られていますが、アントニオはそのオルゴールのサンプリングなども使用し、オルゴール風の音色を基調にしたサウンドで演奏していました。「オルゴール風」を基調としつつ様々な電子変調を駆使してどんどん音色を変えていくので、このプログラミングの妙を楽しむだけでもとても面白いです。アントニオもレッスンの時間を利用して、この作品のプログラミングをすべてデモンストレーションしてくれました。
「7つの曜日の歌」は「月曜日」からの派生作品で「月曜日の歌」から「日曜日の歌」までの7つの短い曲で構成されていますが、短いスパンで唱法を変えたり複雑なジェスチャーをやらなくてはならない
「曲芸的」な作品です。テンポも頻繁に変わり、さらにシンセサイザーとも同期して演奏しなくてはいけない難曲ですが、ユーモラスな側面も強い作品なので、演奏の難しさを感じさせてはならない、という難しさもあります。
「ローザ・ミスティカ」は「日曜日」の「Düfte-Zeichen」の中のテノール・ソロの部分を抜き出した8分ほどの作品ですが、タイトルにもなっているローザ・ミスティカというお香を焚きながら「木曜日」のシンボル・マークを国旗掲揚よろしく舞台上方に掲げ、シンセサイザーの静的で神秘的な持続和音にのせて、広い音域を駆使した幅広いメロディーを歌っていく作品です。聴く分には非常に「美しい」作品なのですが多くの小節で1小節の中で3回テンポが変わり、音楽と同期して上に掲げた「木曜日」のマークを複雑なジェスチャーで演じなくてはならない、演奏する立場としては非常に混み入った作品です。音域の極端な広さも声楽的に非常に大変です。
私はこの作品をバリトン用に移調して今回の講習会のために練習を重ねました(この作品はテノールのための作品なので、私のヴァージョンは認められない、というシュトックハウゼンの最終的な判断でお蔵入りということになってしまいました。当初は移調可というお墨付きももらっていたのですが。。)。そして「ティアクライス」「7つの曜日の歌」は私自身、それぞれ受講生のコンサートで歌った作品ですから、フベルト・マイヤーが今回演奏した3曲すべてを熟知しているということになります。3曲ともそうした耳で聞くと演奏がかなり不正確だったのですが、もちろん当の本人にもその自覚があり、本人の弁明によると講習会の直前まで続けられていたLICHT-BILDERの稽古があまりにも大変で、これらの作品を十分に練習する時間が取れなかったとのことです。この時点では同曲の世界初演の3ヶ月前でしたが、来る日も来る日もLICHT-BILDERの稽古で嫌になってしまう、と言っていました。実際それくらいの稽古が必要な難曲でしたし、その稽古の甲斐あった演奏の出来だったので今思えば納得しますが、うまくリハーサルのウェイトのバランスが取れなかったのはやはり残念でした。
フベルト・マイヤーは歌い手には珍しく絶対音感を持っていて、名門シュトゥットガルト放送合唱団のメンバーとしても活動していますのでアンサンブル能力も抜群、極端な高音のパッセージもこなせ且つ甘い音色を持った声、という強力な武器があることからシュトックハウゼンからの評価も高く、「日曜日」のほとんど全ての場面にソリストとして参加しています。
ちなみに今回演奏した「ティアクライス」「7つの曜日の歌」は「木曜日」の最終場面「VISION」とともにスタジオ録音が行われ、シュトックハウゼン全集CDの第77巻に収められていますので是非とも聴いてみてください。