Aries, Libra, Solo


 私が始めてシュトックハウゼン講習会に参加した2000年には大作にして傑作の「シリウス」が演奏されましたが、今回はその派生作品である「アリエス」と「リブラ」が演奏されました。
 「シリウス」は天体の1年間の動きを二人の歌手(ソプラノ、バス)と二人の楽器奏者(トランペット、バス・クラリネット)が8チャンネルの電子音楽とともに演奏するものでしたが、「アリエス」はトランペットと電子音で春の部分、「リブラ」はバス・クラリネットで秋の部分をそれぞれ演奏します。
 この8チャンネルの電子音楽は金属的な音色に統一されていますが、この作品の基本となるTierkreisの12の星座のメロディ(電子音楽の部分では基本的に4つの季節を代表する4つのメロディだけが使用されています)が空間移動を伴った極めて複雑な変容を多重的に行うため、演奏者が減った分電子音が聴き取りやすくなったこの派生ヴァージョンにはもとの「シリウス」とはまた違った聴く愉しみがあります。
 久々にこの「シリウス」の電子音を生で聴きましたが、音のひとつひとつが宇宙の恒星のように感じられるキラキラした音の運動がとても素晴らしいです。そしてその電子音が生楽器と共演する訳ですが同じメロディ素材を複雑に絡み合わせる高度に作曲技法も聞き手を飽きさせません。
 
 ところで、「リブラ」を演奏したのはスージー、「アリエス」を演奏したのはウィリアム・フォアマンでしたが、スージーの方は「シリウス」の初演時から演奏し続けている事もあり、当たり前のように高度な演奏を披露していました。
 ウィリアム・フォアマンの方は「木曜日」のレポートで書いたのと同様にあまり満足できるものではありませんでした。この作品は電子音とのリズムの同期が非常に複雑で(しかもその同期を助けるクリックトラックは用意されていません)もともと困難なこの作品の演奏をさらに至難にしていますが、後半の一部分で電子音とのリズムの同期がうまくいかずつじつまの合わない部分がありました。
 さらに彼を襲った不幸はシュトックハウゼン自身のミスです。この作品はトランペットだけの短い序奏的な部分があり、電子音がそこに加わってこの曲が始まる、という構成になっていますが、そのテープの開始のキューはシュトックハウゼンが出します。それを受けてアシスタントのブライアンがテープのスイッチを押すのですが、なぜか電子音が聞こえてきません。シュトックハウゼンはすぐに「何やってるんだ?!」という怒りの表情をブライアンに向けますがブライアンはシュトックハウゼンの座っているミキシング・ボードの方を指さします。シュトックハウゼンがそこを見ると、電子音を再生するチャンネルのフェーダーのレベルが0になっているのです。それではテープを再生しても音が出ないのは当然です。シュトックハウゼンはあわててフェーダーを上げますが時すでに遅し、電子音楽が間抜けなタイミングでなり始め、すぐに再生を中止します。その間事情も分からず突っ立っていたウィリアム・フォアマンの姿は無残でしたが、気を取り直してもう一度冒頭から演奏し直し今度は無事に電子音楽も再生、そのまま終わりまで演奏する事が出来ました。
 この一連の出来事を私はシュトックハウゼンとブライアンのいるミキシングボードのすぐ横の席で見ていたのですが、「あの」シュトックハウゼンもつまらないミスをしてしまうし、そういった意味で、やっぱりこの人も「人間」なんだな、とつくづく思いました。
 
 ウィリアム・フォアマンには苦言ばかり呈してしまったので、たまには褒めておきましょう(笑)
 彼は「アリエス」や「木曜日」そして2つのアンサンブル作品の初演への参加に加えて「Solo」も演奏しました。
 これは複雑なディレイ・システムを使い、演奏者自身がヴァージョンを作っていく作品ですが、この演奏においては彼は光っていたといえるでしょう。この作品の作曲当時(60年代)のアナログ・ディレイではシュトックハウゼンの意図した効果を得る事は極めて困難(初演時には7つのテープ・レコーダーを同期させました)なので、近年の演奏においてはコンピューターなどを使ってこのディレイ・システムを実現する事が多いようですが、ウィリアム・フォアマンもPowerBook G4でMAXを使ったオリジナルのソフトウェアを走らせる事でこの曲の複雑なディレイを制御していました。このシュトックハウゼン講習会に参加しているユーザーはなぜかマック・ユーザーが多いですが(シュトックハウゼン邸にあるパソコンもマックです)、ここにもまたマック、しかも私が使っているものと同機種、ということで親近感を持ちました。
 それはともかく、このSoloはソリスト(楽器は任意)が演奏する音をディレイを使って複雑に組み合わせていく作品ですが、このディレイ音はマルチチャンネルで再生されるのです。ディレイを使った音楽はそのままだと非常に混沌としたサウンドになりがち(あるいはそうした効果を始めから狙っている)なのですが、そこはさすがシュトックハウゼン、非常に整理された音楽になるように巧みに作曲しています。そしてマルチチャンネルのスピーカーからディレイ音が再生されるのでひとつひとつのサウンドが立体的で聞き取り易くなっていますし、空間音楽としての楽しみも味わえます。ウィリアム・フォアマンは短いフレーズごとに何種類かのミュートを付け替え音色を変化させていましたが、これがこうした立体感をさらに強調する結果になっていました。
 この作品はもともとは演奏者がフレーズ自体もリアルタイムで作り上げていく意図で作曲されましたが、いくつかの演奏にシュトックハウゼンは満足できず自分自身でこのフレーズを作曲し、ウィリアム・フォアマンもこの楽譜をつかっていますが、このヴァージョンは微分音やポルタメントなどを多用しているためトランペットではもともと演奏しにくいです。実際今回の演奏もやや音に不安定な感じがつきまとったり、ディレイ音の音質が(デジタル的に)やや粗い感じがしたりといくつか不満も残りましたが(ちなみにサウンドプロジェクションやディレイの操作はシュトックハウゼンではなく、ウィリアム・フォアマンが連れてきたアシスタントが行いました)、このような創造的なヴァージョンを聴くことが出来たのは貴重な経験でした。

目次に戻る