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同志社大コンサート顛末記1


 演奏会のために演奏者が準備をすることはものすごく単純に言ってしまえば、曲目を考え、それを本番に向けて練習していく、ということに尽きると思います。しかし私が今秋、同志社大学で行ったコンサートではそのコンセプトの特殊性故に通常のコンサートとは全く異なる準備の過程が必要となりましたし、それを反映するかのように当日のリハーサルは6時間に及びました。当初思っていた以上よりも非常に手間のかかる大変な演奏会だったのですが、その演奏を作り上げていくプロセスは非常に興味深いものでした。
 
 2003年の初夏、同志社大学の清水穣さんより同大学内で行われるコンサートへの出演依頼がありました。コンサートの曲目はすべて、作曲者が隅々まで作曲せず、演奏者が自分自身のための演奏用ヴァージョンを作成して演奏するタイプのものばかりで構成して欲しいという要望がありました。共演者である打楽器奏者の小川真由子さんも加えた3人でそうした条件に当てはまる作品を吟味し、以下のようなプログラムで演奏することに決めました。
 
 20世紀後半のヨーロッパとアメリカのそれぞれを代表する作曲家による演奏上の様々な不確定性の度合いを持った作品を集めたプログラムとなりました。

ケージ「4分33秒」
シュトックハウゼン「ツィクルス」(2ヴァージョン)
ケージ「アリア」
ケージ「ONE4
シュトックハウゼン「ティアクライス」
ケージ「龍安寺」

 声(バリトン)と打楽器による編成の曲はもともとそれほど多くない上に、演奏の多様性を持つ作品となるともっと選択肢が狭まり、二人で一緒に演奏するのは結局最後の「龍安寺」のみとなり、あとはそれぞれのソロを交替で演奏するような形式になりました。

 ここからは、私が演奏した曲をどのように自分のヴァージョンを作り本番の演奏のためにどのような演奏をしたか、という過程を綴っていきたいと思います。
 
 私にとって全く新しい作品は「龍安寺」のみで、あとの作品は何らかの形で以前に演奏したことのあるものばかりでした。しかし全て今回の演奏のためにヴァージョンを改訂したり、あるいは全く新しく作り直すことにしました。
 
 まず「4分33秒」
 演奏者は一切音を発さないというセンセーショナルな作品で、現代音楽にそれほど詳しくない人にもこの作品はよく知られていますが、実演に接した人はそれほど多くないでしょう。
 この「沈黙」の作品は全体の演奏時間が4分33秒であること、3楽章からできていること(それぞれの楽章の長さは自由)、演奏者は一切音を発しないという指示があり、具体的にどのようにこの指示を達成させるかは演奏者に委ねられています。ピアニストならピアノの椅子に座って蓋の開け閉めによって作品や楽章の始まりや終わりを示す有名なヴァージョンがあります。その他の楽器奏者が演奏するにしても楽器を構える、というパフォーマンスは誰でも思いつきます。
 しかし、歌い手はこの作品をどうやって演奏するか?
 学生の時にやった演奏は、客席に向かってただひたすら突っ立っているというものでした。しかし、今の時点で考えると、それはあまり面白くありません。そしてこの曲は作品のコンセプトばかりが広く知られ実際に演奏されることはめったにないので、今回は何か特別なアイデアを使って演奏したいと考えました。
 「沈黙」を奏でるだけであっても何か演奏する「道具」があったほうが面白いと思い、最終的に私の愛用するPowerBookを使用することにしました。ノートパソコンをテーブルの上においていかにもコンピュータで制御された複雑な音楽を奏でそうな状況を作っておいて、実際には何も音を出さない、というギャップが面白そうだと感じたからです。
 具体的なアイデアはこうです。ステージに置いたテーブルの上にマックをディスプレイが聴衆に見えるように置いておきます。そして演奏者が表れ、テーブルのそばに置かれた椅子に座りマックを操作します。その中にインストールされているタイマーのソフトの時間を4分33秒にセットしスタートさせます。時間が来た所でタイマーがチーンという警告音を鳴らします。この作品は、音を意図的に発しない作品ですから、意図的に音を出すことが作品の終了の合図になるという考えです。ちなみにここで述べたタイマーのソフトは私が望む機能を持っているものを見つけられなかったので自作しました。
 この作品は3つの楽章からできていますが、それは以下のような方法で表現しました。
 ダブルクリックするごとにディスプレイ全体が、赤、青、黄と色が大きく変化するような仕掛け(といってもMac OS Xの基本機能のみで作成可能なもの)を作ったのです。ダブルクリックする音がかすかに聞こえることによって楽章の切れ目を音で示し、視覚的には色の変化で楽章の違いを認識させる、というものです。
 こうした仕掛けのコンセプトを考え、実際にテストしてみると思わぬ所で落とし穴に出くわします。その度に自作のソフトを手直ししたりOSの設定をうまく工夫して完全に思い通りになるように「4分33秒演奏システム」に磨きをかけていきました。
 そしてマックのスピーカーから発する幾つかの音や、マックを操作する際に生じる微かな音をスピーカーからさりげない程度に再生すれば面白いと思い同志社大学の音響スタッフの方にもこちらのアイデアを予め伝えておきました。
 前日に清水さんにこのシステムを見てもらい、ステージのセッティングなどより細かいことを打ち合わせました。
 まず開場した時点でこのマックをすでにステージにセットしておきます。何か画面が動いていた方が面白いので、以前から持っていたマトリックス風のスクリーンセーバ(カタカナを裏返したような緑色の文字群が滝のように流れ落ちるもの)を起動することにしました。演奏会が開演した時点で客席及びステージの照明を全て消し、マックの画面だけが見えるようにします。PowerBookの画面はノートパソコンの中では大きい方ですが、300人あまりを収容できるホールでこの画面を見せるには小さく、こうした工夫が必要だったのです。このようにマトリックスのスクリーンセーバだけが見える状態になった段階で私がこっそりと登場しテーブルの横の椅子へ腰掛けます。そしてスクリーンセーバを解除し「4分33秒演奏システム」を起動させます。
 リハーサルで赤、青、黄色の色の変化が遠くの客席からでも確認できるかどうか、マイクで拾う音のバランスなどを音響のスタッフの方と共に調整しました。
 そして本番、真っ暗なステージに私は登場しました。マックの微かな明かり以外は何もないので私の入場もほとんど気付かれないほどではなかったかと思います。ともかく演奏を開始し画面を真っ赤にします。
 作曲者のもくろみどおり演奏者が何も音を出さなくても、様々な音が耳に入ってきます。空調の音、舞台裏かどこかでドアをバタンと閉める音、遅れてきたお客さんが歩いたりする音などなど。そしてこれらの無意図的な音の散らばりは同時期のケージの作品にも共通する「点」の音楽のようでステージ上で妙に感心してしまいました。
 
 「アリア」は非常に不確定度の高い作品です。
 この作品は単独で演奏されても良いし、「ピアノとオーケストラのためのコンサート」の任意のパートの組み合わせや「フォンタナ・ミックス」といったそれ自体が不確定な作品と同時に演奏されても構いません。音高は非常に大雑把な曲線で示されているだけですし、テンポの設定も全く自由です。
 フレーズを示す曲線は様々な色や形状を使った10種類のものがありますが、この違いは唱法の違いを示し、その唱法は演奏者が自由に決めます。また、黒い正方形が書かれている場所では任意のノイズを演奏します。これは非声楽的な唱法、補助的な打楽器、電子機器など、演奏者が任意に決定します。
 このように演奏者は、まずこれらの不確定な要素をどのように演奏するかを決定しなくてはなりません。特に10種類の唱法とノイズ部分の決定は非常に重要です。この曲を以前に演奏したのはかなり前なので、これらの要素に関してはゼロから考慮し直すことにしました。唱法としてはベルカント、民謡風、鼻をつまんでの発声、息交じりの声などを考えましたが実際に歌ってみてこれらの唱法のコントラストが効果的になるように細部を調整しました。ノイズの部分は当初、手を叩くとか、舌打音、犬や猫の鳴き声のまね、など特殊唱法や体の部位を使ったノイズを中心に考えていたのですが、全体の音色のコントラストをより大きくするために、補助的な打楽器類を多用することに決めました。楽譜全体に書かれた黒い正方形の数を数えて、それに見合った数の楽器を調達するために民族楽器なども取りそろえている御茶ノ水の某楽器店へ出向き、沢山の楽器を試奏し、フレクサトーン、ラチェットなどインパクトのある音色を持った楽器をいくつか購入しました。短波ラジオの音声や、空き缶やピンポン玉を落とす音などの楽器でない音も使用することによってさらに音色のコントラストを大きくするだけでなくユーモラスな効果も狙ってみました。
 テンポに関してはかなり不確定度が高いのですが、1ページを30秒で演奏することに決め、このコンセプトを守りつつ、均質なリズム感に陥るのを回避するためにストップウォッチを使ってテンポを管理することにしました。部分的には何秒目から演奏し始めるというより細かな決定も予めしておくことにより様々な音響が密集した部分から、沈黙が数十秒続く部分までリズムの極端な対比もうまく管理することが出来るようになりました。

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