今回の講習会の一番の目玉であり、コンサートでも3回演奏された「シリウス」について簡単に説明しましょう。
「シリウス」は4人の演奏者(トランペット、バス・クラリネット、ソプラノ独唱、バス独唱)と8チャンネルのスピーカーで再生される電子音のための90分以上に及ぶ大作で、シュトックハウゼン70年代の最高傑作と言えるでしょう。
聴衆のための椅子は演奏会場の中央を向くように並べられ、4人のソリストは聴衆のまわり4方に設置された台にのぼって演奏します。8チャンネルのスピーカーも聴衆のまわりをぐるりと取り囲むように配置されるので、音楽は聴衆の前後左右のあらゆる方向から平等に聴こえてくることになります。
「シリウス」においてもっとも重要な役目を負っているのが春夏秋冬の四季を代表する4つの星座(牡羊座、蟹座、乙女座、やぎ座)のメロディー(シュトックハウゼンの作曲技法上の正確な呼び名はフォーミュラ)で、これらのメロディーが音楽の流れ(この作品では音楽の流れが一年の四季の流れを表現している)に応じて複雑に変形、展開していく作品です。
4人のソリストはそれぞれ指定された色のコスチュームを着て、あたかもオペラの登場人物であるかのように若干のジェスチャーを伴って演奏するのですが、実際にステージで見たこの衣装や動きは、それまで音だけで抱いていた「シリウス」のイメージとあまりに違っていたので私は非常に驚きました。
一応この4人のソリスト達はシリウス星からの使者という設定なのですが、UFOからこわーい宇宙人が表れるという感じでは全くなく、むしろ(喩えは悪いですが)ギャグ漫画に出てきそうな楽しい宇宙人といった感じです。
そして、シリウスからのメッセージが云々という部分は、いわゆるイントロとコーダのようなものでそれほど重要ではなく、この作品の大部分を占め、音楽的にも充実しているのはWHEEL(車輪、輪)と名付けられた1年の四季を極めて複雑な対位法で表現している部分です。(シュトックハウゼンは声部の重なりというよりは、レイヤーの積み重ねというように考えているようなので、伝統的な対位法とはかなり意味合いは異なります)
ですから、この「シリウス」という作品は、神秘主義にのめりこんだシュトックハウゼンが自分を神やシリウス星人などと思い込んで、とんでもないメッセージを発しているなどという作品では「決してあり得ず」、むしろ楽しい宇宙人に扮した4人の音楽家がヴィヴァルディの「四季」の20世紀版を、華麗な技巧で演奏する作品と捉える方がこの音楽の本質に近いのではと思います。
ソプラノとバスの二人の歌い手の間でかわされる対話にはモーツァルトやロッシーニのどたばた喜劇を思わせるコミックなものを感じさせるし、ある部分(CANCER
12分30秒あたりから)で頻発するゲネラル・パウゼの部分で4人がつくるへんてこりんなストップ・モーションは単なるシュトックハウゼンのオヤジギャクということで単純に笑えます。
もし、これをけしからん、と言うならば、モーツァルトの「魔笛」のような傑作オペラも一緒に抹殺されねばならぬでしょう。
「シュトックハウゼン」という名前はこむずかしいゲンダイオンガクの代名詞のようになっている面もありますが、この「シリウス」を聴いていた何人かの小学校にも入学していないと思われる子供達は、驚くべきことに退屈するどころか楽しんでいたのです!
この「シリウス」は第1回目の演奏がセミナーの開講式直後に行われたのですが、この時に「シュトックハウゼン=神秘主義」という安直かつ不正確な図式はあっけなく崩れ去ったのでありました。
私はStockhausen Verlagからでているシュトックハウゼン作品の全てのCDを繰り返し聴いていたので、彼の音楽についてそれなりに理解していたつもりですが、たった一度の生演奏を聴いただけで私のシュトックハウゼン観というものが、このように大きく変わってしまいました。このような驚くべきことは当然のようにセミナーの期間中ずっと続き、私の心の中に決してなかったとは言い切れなかったシュトックハウゼンに対するある種の偏見のようなものはセミナーの終わる頃にはすっかりと消え去ってしまったのです。(まだまだつづく)