シュトックハウゼン講習会において、私は声楽の受講生としてバス歌手のニコラス・イシャーウッドのレッスンを受けたり、同じクラスの他の受講生のレッスンを聴講したりしましたが、このクラスの代表としてアメリカ人の二人のソプラノ歌手がステューデント・コンサートに出演することになり、「私は空を散歩する」を演奏しました。
この曲は二人の歌手のための40分以上の長大な演奏時間を要する大作で様々な特殊な唱法に加えて(シュトックハウゼンの作品にはよくあることですが)一種の演劇あるいは儀式的なジェスチャーが要求されます。これらはもちろん楽譜に細かく指定がされているのですが、演劇的な要素に関しては、やはり作曲者本人、あるいは作曲者と親しい関係にある演奏者に指導してもらうのが最も望ましいことはいうまでもありません。
ニコラス・イシャーウッドは『光』の「月曜日」「火曜日」「金曜日」のそれぞれの初演においてルツィファー役を歌っているシュトックハウゼンからも信頼の厚い歌手で、今回の講習会では「シリウス」を演奏しました。今回受講生が演奏した「私は空を散歩する」に関してもニコラスはメゾ・ソプラノ歌手とのデュオでCDを録音していて(MODEレーベルから発売されています)、その録音のためにシュトックハウゼン自身より演奏法のレッスンも受けていますから、ニコラスによるこの作品のレッスンは非常に興味深いものでした。
講習会に参加するまでのこの曲に対する印象は、歌手のデュオ(もちろん無伴奏)ということもあり、ちょっと地味な曲だな、という感じだったのですが、実際にこの曲の演奏を「見て」聴くことによって、音だけでは分からなかったこの曲の面白さを十分に味わうことが出来ました。
これは、音楽だけだとつまらない、という否定的な結論を導くものではなく、「シリウス」や「祈り」でもそうでしたが、音楽とジェスチャーなどの視覚的要素が緊密に関わり合っているからこそ生演奏を体験する必要がある、ということです。
さて、この作品は、様々な特殊唱法が要求されますが、記譜されているのは「どこで」その唱法を使うかということだけで、「どんな」唱法で「何を」演奏するかは演奏者に任されています。また、この作品は12の部分から成り立っていますが、各部分のテンポ及びダイナミクスはシュトックハウゼンが提示しているそれぞれ12種類のキャラクターを演奏者が自由に組み合わせることも要求しています。
つまりシュトックハウゼンは演奏者に単に音符を読んで演奏するだけでなく、演奏者に様々な要素を事前に決定することを要求することにより、演奏者の自由なアイデアやイマジネーションを喚起するように目論んでいる訳です。
ニコラスは声楽以外に演劇の専門的な教育も受けているのですが、そのためか、このような(シュトックハウゼン作品に良く見られる)演奏者それぞれのヴァージョンを作る、という過程に非常に興味があるようで、単なる、ああしろ、こうしろ、というレッスンではなく、生徒に様々なことを自発的に考えさせるようなレッスンで、聴講している人の出したアイデアを演奏に取り入れるような場面もあり、創造性を大きく刺激される有意義なレッスンでした。
私はこのクラスにおいて「ティアクライス」を勉強しました。この作品も12の短いメロディーを自由にアレンジしながら何度か繰り返すという、演奏者のアイデアやイマジネーションを要求する作品ですが、レッスンでは私が提示したアイデアに対してニコラスが、「こういうのはどうだ?」というような感じでそのアイデアをさらに発展させ、今度は私がそれに自分なりの考えを付け加えて再提示するというような、非常に興味深いプロセスを体験することが出来ました。
(私の提示したアイデアはニコラスや、もう一人の声楽の講師であるアネット・メリウェザーに高く評価してもらうことができ、アネットには私のヴァージョンはきっとシュトックハウゼンにも気にいってもらえるはずだ、と非常に嬉しいコメントをもらいました。現在も次回の講習会に向けて「ティアクライス」を勉強し続けています。)
ともかく、シュトックハウゼンはそうした音符以外の演奏指示をかなり細かく楽譜に書き込んでいるのですが、それでも書き切れていない要素も沢山ありますし、ジェスチャーなどの視覚的な要素は楽譜に何も書かれていなくても暗にそうしたことを明らかに好む傾向があったりと、直に演奏法の指導を受けなければ分からないことを沢山学ぶことができ、大きな収穫となりました。
考えてみると、本来演奏の伝統というものはそのようにして作られるものですね。ベートーヴェンにしてもマーラーにしても必ず作曲者自身から演奏法の指導を受けた人物がいる訳で、そこから演奏の伝統が型作られることによって作曲者のいない現在においても楽譜を見るだけで適切な様式で演奏できるのです。それは楽譜というものが非常に大きな価値を持っているシュトックハウゼンの作品ですら例外ではありません。
むしろ、従来存在していない新しい演奏法をしばしば要求しているのですから、現代音楽だからこんな感じで、というのは御法度と言えるでしょう。
この講習会はコンサートも非常に魅力的ですが、それだけでなく作曲者自身が求める正統的な演奏解釈を集中的に学ぶことができる、という点でも大きな価値があり、逆にシュトックハウゼンの求める演奏解釈を学ぶことによって、シュトックハウゼンの音楽自体の理解が深まる、ということも言えます。
どの作曲家でも自分の作品を誰かに演奏してもらう時に自分の作品の演奏法というものを演奏者に伝授するものですが、シュトックハウゼンの素晴らしいところはそうした機会を世界中の人に開放している、ということです。
ちなみに、私は運良くシュトックハウゼンと少しだけ話をすることが出来たので、「ティアクライス」の演奏法についていくつか質問をしたのですが、「自分自身のヴァージョンを作ることによって、君がどのようにこれらのメロディーを分析したか聞かせてくれ。」というようなことを言われました。
こういう言葉を聞くと、シュトックハウゼンのいくつかの作品に見受けられる「自分のヴァージョンを作る」という作業が作曲者との対話のように思えてきて、この偉大な作曲家が良い意味で非常に身近に感じられるようになりました。
また、短時間ながらも直接話をした印象では、誇大妄想にとらわれたクレイジーな作曲家というイメージは全くせず、田舎のちょっと頑固だけど気のいいオジさんという印象を受けました。
それにしても私はなんという素晴らしい体験ができたのでしょうか。
まさに「私は空を散歩する」気分でした。
そうそう、横柄にもサインまで要求してしまったのですが、気楽に応じてくれました。
ちなみに、私の声はバリトンですがもう一人のバリトン歌手か、メゾ・ソプラノ歌手がいればこの「私は空を散歩する」を演奏できます。私と一緒にこの曲を演奏してみたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、私まで御連絡下さい。(完結篇まであと少し)