Fremde Schoenheit


 スージーとカティンカという管楽器の名手を得たシュトックハウゼンは彼女たちのために多くの作品を作曲していますが、このコラボレーションにより微分音の演奏の領域が大きく開拓されました。特にそうした新しい可能性に目をつけて作曲したXi, Ypsilon, Aveの3曲はまとめてFremde Schoenheitというタイトルの、一種の組曲として演奏されました。Xiはスージーによるバセットホルンによるヴァージョン、Ypsilonはカティンカによるフルート、Aveはスージーとカティンカのデュオで演奏されます。
 まず、シュトックハウゼンがステージに上りFremde Schoenheitのタイトルの意味を説明します。このタイトルを直訳すると「未知の美しさ」という感じになりますが、この「未知のもの」とは微分音のことを差しています。一般的な音律だと半音が一番狭い音程で、現代音楽においてはその半音をさらに2等分した4分音なども時折使われますが、シュトックハウゼンのこれらの作品においては全曲にわたって微分音がふんだんに使用されます。
 この微分音の使用に当たってシュトックハウゼンはとても興味深い方法を用いています。シュトックハウゼンは作品の骨格となる音のみを記譜し、その間を微分音による疑似グリッサンドで埋めていくのですが、この微分音は演奏者自身が試行錯誤して指使いを探すように指定しています(スージーやカティンカの「発見した」こうした指使いのついた譜面も出版されています)。平均して半音を5つから6つの微分音で埋めて行きますがそのペースで例えば完全4度の音程を上行したりするのですから(しかもかなり速いテンポで)その音響の不思議さは実際に体験して頂くしかありません。そしてこれらの微分音は半音を不均等に分けるものであっても構わないので当然この疑似グリッサンドの幅は音ごとに微妙に異なり、それが楽器の持つ音色の特性と相まって、実に不思議で豊かな響きを醸し出します。
 
 シュトックハウゼンが説明を終えるとステージが暗くなり、しばらくして突然暗闇にXの形をした電飾のようなものがピカーと浮かび上がります。これはXiの演奏のために特別に作ったコスチュームの一部で鳥の羽のようにこのX字の電飾のようなものが背中にくっついているのです。シュトックハウゼンのことならほとんど許せる私でもこの衣装には苦笑いを隠す事が出来ませんでした。このコスチュームはCDのジャケットにものっていて知っていたのですが、暗闇にピカーと浮かび上がるどこかのアヤシイお店の看板を彷彿とさせる電飾のようなようなものを背中にかついでいる様はお世辞にもクールとは思えませんでした。多少のミストーンはありつつも演奏はいつもながら素晴らしいし、音楽自体はこの世のものとは思えないくらいに神秘的で美しいものなんですけどねぇ。
 さて、次はカティンカによるYpsilonです。今度はシャランシャランと鈴の音が聞こえます。これは衣装のあらゆるところに付けられたインディアン・ベルの音でカティンカが演奏しながら体を動かしながらこの楽器の音を鳴らすのですが、これも演奏する姿には滑稽なものをどうしても感じてしまいます。相当に難しい事をやってるんですけどね。
 
 最後は二人によるAveです。
 この作品は「月曜日」の一部を独立した作品として二人で演奏できるようにしたヴァージョンですが、ミラノのスカラ座での世界初演で使用された衣装を着用しての演奏でした。こちらの衣装は前の2作品と違って少なくとも私には非常に品のある衣装に感じられ、ちょっとメルヘンチックな雰囲気も大好きです。そしてカティンカとスージーの舞台映えは本当に良いです。特にスージーは最近、普段はおばあさんのような雰囲気すら醸し出していますが、メイクをして衣装を着けてステージに立つと、ミラノのスカラ座の初演時(15年前)と見た目の違いをほとんど感じさせないほどでした。
 この作品は二人それぞれが複雑な微分音満載の至難なパッセージを演奏しながら華麗に動き回る、というとてつもない難曲ですがこの二人の演奏はそうしたことを全く感じさせず、この作品の持つ繊細な響きの美しさを味わいつつ楽しみながら演奏しているように感じました。
 
 シュトックハウゼンというとどうしても「少年の歌」などに代表される電子音楽の領域ばかりが注目されがちですが、生楽器を使った作品にも電子音楽の傑作群にひけをとらない名曲がごろごろしていることも忘れて欲しくないな、と感じました。

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