FUENF

 シュトックハウゼンは新しい音楽概念を数多く彼の音楽に取り入れていったので、当然演奏家も新しい演奏技術を開拓しなければなりません。様々な特殊奏(唱)法を要求されるのはもちろんですが、そうしたことよりもセミナーの受講生の間で話題になったのはシュトックハウゼンの編み出した新しいテンポの概念です。
 この概念は「テンポの半音階」と呼ばれ、「グルッペン」を作曲していた頃にこの概念が生まれました。音高の半音階(平均律)は1:2という周波数の比率(オクターヴ)を等しい12の間隔に分けることによって作り出されますが、シュトックハウゼンはこれと同じことをリズムにも適応することによって音高のセリーと全く同じ構造を持つリズムのセリーを作り出そうとしました。しかし等しい12の間隔に分けられた1:2の比率は、「1:2の12乗根」という極めて複雑な比率を取るためこのような複雑なリズムを記譜したり演奏したりすることは極めて困難、というかほとんど不可能です。そこでシュトックハウゼンは複雑なリズムを記譜する代わりにテンポを変更することによってこの困難を克服した訳です。こうして作り出された「テンポの半音階」をメトロノームの数字で表すと次のようになります。


60-63.5-67-71-75.5-80-85-90-95-101-107-113.5-(120)

 もちろんこれらの数値は実際の演奏を考慮して大まかな数値になっていますが、それでも普通のテンポの感覚から考えると非常に細かいテンポの要求がなされていることが容易に分かると思います。(この概念の詳細については、『シュトックハウゼン音楽論集[シュトックハウゼン著、清水穣訳、現代思潮社]』の中の「…いかに時は過ぎるか…」という文章をぜひともお読み下さい)
 この数値の中に0.5という通常の感覚からすると異常なまでに細かいテンポの指定があるため、この「テンポの半音階」はセミナーの受講生の間で通称「ポイント・ファイヴ」と呼ばれていました(笑)。
 
 演奏家の間では、一般的にメトロノームによるテンポの指定はそれほど厳密なものとは考えられていない様ですし、作曲家によっては、楽譜で指定したメトロノームの速度では速すぎて実際には演奏できないけれども理想のテンポである、などといった不可思議な注釈を付けていますが、それに対してシュトックハウゼンは常にメトロノームのテンポ指定を遵守することを要求しています。
 前出のシュトックハウゼンの文章では音高とリズムの同一性についても述べられています。
 1/30秒の周期を持つパルスは非常に低い音高(30ヘルツ)として感じられますが、この周期が約1/16秒より遅くなると音高ではなくリズムとして感じられるようになります。例えば1秒の周期のパルス(1ヘルツ)はメトロノームで60のビートとして、0.5秒の周期(2ヘルツ)なら120のビートとしてそれぞれ感じられるようになります。つまり、音高とリズム(テンポ)は水と氷のような関係であって、同じ現象の違った様相に過ぎないということであり、過ったテンポで演奏することは、音高を間違えるのと同じことであるという結論になる訳です。
 
 そういう訳で演奏家の受講生はメトロノーム必携ということで、私もメトロノーム片手に、この「テンポの半音階」の練習にはげんだのですが、この新しい演奏概念を学んで分かったことはシュトックハウゼンの要求していることは無意味なことではない、ということです。始めのうちはこの微妙なテンポの違いというものをなかなか認識出来なかったのですが、この感覚に慣れてくると、「テンポの半音階」をうまく使うことによって絶妙なリズムのニュアンスや複雑なリズムの関係を生み出せることに気が付き、シュトックハウゼンの一見無謀な要求も当然のことと認識出来たのです。
 そしてこのリズムの領域でのシュトックハウゼンの創意は、彼の師ともいえるメシアンの「添加価値を持つリズム」(詳しくはメシアンの著書「我が音楽語法」をお読み下さい)の概念を想起させ非常に興味深く感じました。(ひたすらつづく)

続きを読む 目次に戻る