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 ともかく今年度のシュトックハウゼン講習会の目玉は「シリウス」でした。3回の「シリウス」の演奏に加えて、セミナー2日目以降最終日まで毎夕行われたシュトックハウゼン自身による「シリウス」の楽曲分析の講議は圧巻でした。
 「シリウス」の大まかな構成の説明から始まって、この曲で最も重要な役割を果たしている4つの星座のメロディーそれぞれの分析、主要部分の電子音楽の分析、8チャンネルのスピーカーをぐるぐる動き回る電子音楽を制作するために使用された特殊な回転式スピーカーのことなどを、全受講生に配られた、スケッチ、譜例、図面などが満載のテキスト、オルゴール、8チャンネルの電子音楽などをふんだんに利用して非常に詳細に説明していました。
 
 まず驚いたのが「ティアクライス」のメロディーの分析です。もともとオルゴールのために作曲されたこれらのメロディーは非常に愛らしく、一見まるで鼻歌のようなメロディーなのですが、実は非常に巧妙に作曲されていて、しかも作曲過程での思考方法が50年代以来のセリー技法の概念を拡大しただけということを理解するとともに、シュトックハウゼンの首尾一貫した作曲態度に感服しました。

  12のティアクライスのメロディーはそれぞれがオクターヴ内の12の半音全てを含み、星座が一つ進むたびに中心音が半音ずつ上昇し(つまり12のメロディーの中心音が半音階を形作る)、12のメロディーはそれぞれ違った12のテンポを持つ(この12のテンポは「テンポの半音階」を形作ります。)といった基本的な特徴は譜面から容易に読み取れていたのですが、音形の上昇や下行、各フレーズの長さ、メロディー全体の音域のバランスなどのすべてがセリーに基づいて思考、作曲されているとは驚きでした。
 これらのメロディーは妙に頭に残って、私も含めたセミナーの受講生の多くが半無意識的にあちこちでこれらのメロディーを口ずさんでいたのですが、こうした現象も巧みな作曲技法の賜物なのでしょう。
 
 「シリウス」の電子音楽は基本的にはこの4つの「ティアクライス」からのメロディーのみで構成され、3層のレイヤー構造になっていますが、それぞれのレイヤーでは独立してこれらのメロディーが音域、テンポ、空間移動などの様々な要素が複雑に変型され、そのヴァリエーションのアイデアの豊富さには恐れ入りました。
 各部分の電子音楽の分析の際には必ず該当部分の8チャンネルの電子音楽を実例として聴いたのですがこれが非常に「シリウス」の音楽の理解に非常に役に立ちました。

  「シリウス」は3層から成る電子音楽と4人のソリストで演奏される音楽ですが、それぞれの声部(レイヤー)ではかなり独立して複雑なメロディーの変形が行われるため、一度目の演奏を聴いた時にはとにかく「圧倒され」、二度目の演奏の時には、すべての音を聴き取ろうとしながらもあまりの複雑さに挫折してしまいました。いってみれば7人に同時に話し掛けられてその全てを理解しようとするのと同じことをやろうとしていたのですから、当然といえば当然です(聖徳太子なら可能でしょう)。毎日の講議で電子音の部分だけを何度も聴いた後、セミナー最終日の三度目の演奏を聴いてようやくこの複雑きわまりない音楽をなんとか把握出来ました。
 「シリウス」は大好きな曲で以前からCDを何度も聴いていたのにもかかわらず、生演奏を聴くのに困難を感じた理由は非常に簡単です。8チャンネルのスピーカーで再生される音楽をステレオのフォーマットに収録することは根本的に無理なのです。この「シリウス」の電子音楽の空間移動の効果はそれだけ絶大かつ複雑なので、完全にこの音の動きを耳で捉えようとするならば、何度も電子音だけを聴く必要があるのです。
 ただし、興味深かったのは知覚不可能なパッセージも多用していることです。例えば、あるメロディーが聴き取れないくらいにスピードが速くなってノイズのようになってしまったり、逆に一つのメロディーと認識できないくらいにメロディーの一つ一つの音が孤立して極めてゆっくりと演奏されたりする箇所があり、これらの部分も当然音例として聴かせてもらいました。
 あまりに複雑で一度ですべての音事象を追い掛けられないような部分は何度も同じ部分を繰り返し聴かせてもらったり、大事な音が表れた時には、シュトックハウゼン自身が指を上の方に指して、これを聴け、とばかりに合図していたのは親切で良かったです。
 
 一連の講議を受講して感じたのは始めから最後までのすべてにおいて極めて論理的であるということです。

 また、70年代以降のほとんどの作品でみられるフォルメル・コンポジションという作曲技法が、それ以前のセリー技法を否定して生まれたのでなく、セリー概念を拡大し、発展して生まれたのだということもよく理解出来ました。この作曲技法を用いて作られた作品は、親しみやすい「メロディー」が容易に聴き取れるので一見理解しやすく単純なもののように感じられるかもしれませんが、実際にはそれ以前のセリー技法を用いて作曲された作品と同程度、あるいはそれ以上の複雑な構造を持っていて注意深く何度も聴けば聴くほどその構造が明らかになってくるという非常に奥深いものなのです。
 セリーは本質的に抽象的なものなのでこの構造を耳で聴き取るのにはかなりの困難を要しますが、フォーミュラは非常に知覚しやすいため、より深層に隠された構造へ到達するのに便利な道しるべとなります。
 また、このフォーミュラ自体を巧みに作曲することによってある種のキャラクターを与えることができるので、これをさらに巧みに配置することにより音楽に豊かなニュアンスを加えることができます。

この作曲法は「シリウス」に続く大作「光」にも当然適用されていますが、たった3つのフォーミュラから20年以上も作曲し続けられるのは、この作曲技法自体の可能性の豊かさと、シュトックハウゼンの職人的とも言える極めて論理的な思考の賜物なのだなと深く納得出来ました。(もっとつづく)

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