ZEHN

 今回のセミナーのコンサートで「3xREFRAIN 2000」(以下「3×ルフラン」と表記)という作品が世界初演されました。
 「3×ルフラン」は厳密には全くの新作ではなく、1959年に作曲された「ルフラン REFRAIN」の派生版です。
 
 この「オリジナル」ルフランは特殊な形の楽譜に記譜されています。巨大なシート状の楽譜の上に細長い長方形の透明プレートが取り付けられていて、この透明プレートは楽譜の中央を軸として時計の針のように(10時から2時の角度の範囲で)回転させることができます。
 そしてこの透明プレートにはクラスターやグリッサンド、トレモロなどの記号が書き込まれているので、この透明プレートを動かすことで、これらの音形が演奏される位置を変えることができます。
 実際の演奏では、あらかじめその時の演奏で使用する透明プレートの角度を決定して、透明プレート上の様々な演奏記号のルールに従い、その時の演奏でのヴァージョンの楽譜をリアリゼーションしますから、基本的にどの演奏でも全体的な印象としては同じですが、細部においては演奏ごとに大きな違いがあるということになります。
 
 「ルフラン」はピアノ、ヴィブラフォン、チェレスタ(と補助的な楽器、声)の3人の奏者のために作曲されていて、基本的に残響の美しさを楽しむような静的なテクスチュアが支配的なのですが、それが透明プレートに記譜されたクラスター、グリッサンド、トレモロなどの動的な音響からなる「リフレイン(=ルフラン)」によって6度中断されます。
 透明プレートの角度が演奏ごとに異なるということは、音響的にはこのルフランの挿入される位置が演奏ごとに異なる、ということになるので、何種類かの演奏を聴けばこの作曲上のアイデアを理解することができます(詳しい「ルフラン」についての解説は全集CD第6巻の解説をお読み下さい。充実した譜例も付いています)。
 
 そして、それを効果的に実現したのが今回の「3×ルフラン」という訳です。この作品は「ルフランA」「ルフランB」「ルフランC」という3つのルフランのヴァージョンとそれぞれの演奏の前後に行われる作品の説明とで成り立っています。「ルフランA」は透明プレートが最も左、すなわち10時の方向、「ルフランB」は中央、すなわち12時の方向、「ルフランC」は最も右、すなわち2時の方向のヴァージョンで、シュトックハウゼンによって確定的な楽譜として記譜されていますから、「オリジナル」ルフランでの、演奏によって楽譜が変化するというコンセプトはここでは消滅しています。
 その代わりヴァージョンを確定したことによって、説明の中で、ルフランAではこういうように演奏されるが、ルフランBではこのようになる、という風に、それぞれのヴァージョンの違いを実際の音例によって比較することが可能になったので、「ルフラン」の作曲上のコンセプトが非常に理解しやすくなっています。
 
 ただ、収穫だったのは「ルフラン」の作曲上のコンセプトを3種類の演奏を通して理解する、ということよりも、むしろ「ルフラン」が生演奏で聴けた、ということです。
 先にも述べたように「ルフラン」では各楽器の残響音の美しさが大きな特徴となっていますが、残念なことに全集CD(第6巻)に収められている録音はその演奏の素晴らしさにも関わらず、(シュトックハウゼン自身も認めているように)その音質が様々な時間的、技術的な制約のために十分な満足のいくクオリティを達成していないのです。
 そういう訳で、今回シュトックハウゼン自身によるサウンド・プロジェクションによる素晴らしい演奏を聴くことによって初めて、この作品の真の美しさを知ったといっても過言ではない深い感銘を受けました。
 
 この演奏のリハーサルを聴くことができたのですが、はじめはピアノやサンプラー・チェレスタ(注1)のこだわりのマイクチェックです。
 奏者に何度も半音階で全ての鍵盤を弾かせてシュトックハウゼンはイコライジングの設定を細かく調整します。サンプラー・チェレスタの奏者にはその場でプログラミングをやり直させていました。
 そして舌のクリック音、補助楽器などのマイクチェックを経て作品自体のリハーサルに入ったのですが、これが異様に細かいリハーサルでした。
 ピアノとウッドブロックを同時に演奏する、或る一つの音符の箇所では粗の2つの楽器のバランスを取るために何度も演奏させたりと、そうした細かいチェックが延々と続くのです。
 
 このようなリハーサルの積み重ねにより高度な演奏が実現できたのですが、この時の3人による演奏が講習会終了直後に録音され、最近Stockhausen VerlagからこのCDが発売されました(全集62)。
 もちろん初演時同様のシュトックハウゼン自身の肉声による説明つき(注2)で、演奏も当然素晴らしい出来です。
 録音も旧録音とは比べ物にならないくらい異様にクリアーな音質で、旧録音の欠点としてシュトックハウゼンが具体的に挙げていた、掛け声や舌先のクリック音の不明瞭さといった問題もここではあっさりと解決され、非常に明瞭な各楽器のアタック、繊細な残響音など気持ち良いくらい見事にCDに収められて、何度もリピートして聴きたくなる素晴らしい録音です。
 
 それで、何度も聴き返して気が付いたのですが、どのヴァージョンでも同じはずの曲の最後の部分が「ルフランC」だけ少し違っているのです。
 曲の解説にも何も書いていないので、どういうことだろう、とスコアを見ながら聴いてみると「ルフランC」の結尾の和音の前に、楽譜に書かれていないコラール風のパッセージが挿入されていたのです。
 この部分だけは「3×ルフラン」の作曲の時に書き足したものだと思われますが、ちょっとしたサービス、あるいはシャレとして挿入したのでしょうが、敢えて何も説明せずさりげなく、というのがいかにもお茶目でおかしいです。(もうすこし続きます)
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[注1]
 「サンプラー・チェレスタ」とはサンプリングされたチェレスタの音色を演奏するためのシンセサイザーのことです。もともと「ルフラン」のこのパートはチェレスタのために書かれていましたが、ピアノやヴィブラフォンとの音量のバランスをとったり、アコースティックなチェレスタでは実現不可能な長いディケイを達成するためにサンプラー・チェレスタで演奏するようになりました。ステューデント・コンサートでオリジナル「ルフラン」を演奏したグループがありましたが、ここでもチェレスタではなくサンプラー・チェレスタが使用されていました。
 
[注2]
 シュトックハウゼンはもともと説明好きなのだと思いますが、最近はそうした嗜好が全集CDに反映されてきています。
 「3×ルフラン」の直前に発売された「リタナイ97」のCD(全集61)でも演奏の録音の前にシュトックハウゼンの肉声による作品説明が収録されていますし、さらにその前に発売されたエレン・コルヴァーによる「ピアノ曲I〜XIV」のCD(全集56)でも、オーディオ機器の調整用に付録として収録されたテスト用音源の説明をCD上で行っています。
 さらに遡ると「ヘリコプター弦楽四重奏曲」(全集53)の世界初演のライヴ録音でも演奏の前後に「司会」という形で、作品や演奏者の紹介、ちょっとした実況中継、演奏者、聴衆を交えてのディスカッションなど、シュトックハウゼンの肉声、ちょっとした冗談などを思う存分(?)楽しむことができます。