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 シュトックハウゼンが現在取り組んでいる壮大なプロジェクト「光」は一種の超オペラとしての全曲上演の他に、それぞれの部分を独立した作品として上演することも可能であり、本講習会でも、そうしたヴァージョンが何曲か演奏され、これまでCDによって音とブックレットの写真でしか体験できなかった「光」を、ほんの一部分ではありますが、ともかく実際に「体験」できたのは非常にエキサイティングでした。
 その中でも比較的規模の大きい作品としては、「ピアノ曲XII(木曜日)」、「カティンカの歌_ルツィファーのレクイエムとしての(土曜日)」、「コメット(金曜日)」が演奏されましたが、中でも「コメット」は初演ということもあり大きな注目を集めました。
 この作品は、「ピアノ曲XVII」としてのキーボード奏者のための版と、打楽器奏者のための版の2つのヴァージョンが存在しますが、どちらのヴァージョンもソリストが背景に流される電子音楽と共演します。
 ソリストは楽譜に大まかに指定された音高を用い、自分自身のヴァージョンを作成して演奏するのですが、今回の演奏では2つのヴァージョンを比較して聴けるような構成になっていましたので二人の演奏者の個性の違いを楽しむことができました。
 演奏する音色に関しては、おもちゃっぽい音(あるいはおもちゃの音のサンプリング)を演奏者が任意に選択するのですが、この演奏指示から、演奏者に対して、テクニックではなく、創意やユーモアを引き出そうとするシュトックハウゼンの意図が良く窺えます。
 今回の演奏では打楽器のヴァージョンの方が楽しめましたが、後日発売されたこの曲のCDを聴いてみると、キーボードのヴァージョンの良さは、一度聴いただけではよく理解できていなかったことが分かりました。
 「コメット」のもととなった「金曜日」のシーンでは電子音に合わせて2声の児童合唱が演奏し、そこにキーボード奏者が注釈をつけるような形で演奏します。この場面では白人の子供と黒人の子供がおもちゃの武器をもって戦争するのですが、キーボード奏者はそのおもちゃの武器の音を表現している訳です。
 「コメット」では児童合唱の部分をカティンカが多重録音して電子音楽に重ねて再生しているのですが、この曲の面白さを味わうためには、このカティンカの歌声にソリストがどのように注釈を付けるか、という観点から聴く必要があったのです。
 ソリスト+電子音という組み合わせだと、どうしてもカラオケっぽい感じでソリストメインに聴きがちですが、この作品(に限らず他の多くの作品でもそうですが)ではその主従関係を逆転させた聴取を必要としていると言えます。
 それにしても、ここで聴かれるカティンカの日常的な感覚をはるかに逸脱した歌声はかなり強烈なインパクトを与えます。彼女は本来フルーティストなのですが、「光」のところどころで彼女の歌声やかけ声が効果的に使われています。
 特に「金曜日」では「演劇的な」シーンの間に演奏されるテープによる「サウンドシーン」でカティンカの歌声が大活躍するなど、かなりの重要性を与えられています。
 このサウンドシーンはシュトックハウゼンとカティンカが2重唱をしてそれを様々な具体音(犬の鳴き声、タイプライターなど)で複雑にモジュレートさせるのですが、厳密に記譜されているにも関わらずとてもそのようには聴こえない非常に自由奔放な印象を与えます。
 このサウンドシーンだけでは本来は独立した作品としては演奏出来ないのですが、この部分だけを聴いてみたい人のために「PAARE vom FREITAG」と題されたCDも発売されています。このサウンドシーンは様々な形態の男女のカップル(動物や「もの」のカップルも登場します)を表現していてシュトックハウゼンとカティンカの声はそのまま男女の声を表現しているのですが、このCDを聴いていると、正直かなりムフフな気分になってしまいます(謎)
 性的には非常にオープンな姿勢を持っているシュトックハウゼンの本領発揮といったところでしょうか。。。
 ちなみにこの「サウンドシーン」の抜粋をピアノやシンセで自由に注釈をつけていく、「ピアノ曲XVI」という作品もあり、こちらもかなりの逸品であります。
 この曲はポリーニが絡んでいるイタリアのあるピアノのコンクールの本選の課題曲として委嘱されたのですが、思いきり伝統的なコンクールの課題曲のイメージから逸脱していて(テクニックより創意が要求される訳ですから)、コンクールの審査員はさぞかし困ったことでしょう。
 ここで紹介したピアノ曲XVI、XVII(「ピアノ曲」という訳はもはや正しくありませんが)は「Flute and Synthesizer」と題されたCDに収録されています。
 
 この「コメット」以外でもっとも話題を集めた作品は「土曜日」の第2場そのものである「カティンカの歌_ルツィファーのレクイエムとしての」でしょう。
 この作品はシュトックハウゼン講習会に何度か参加している受講生による打楽器アンサンブルとフルートの受講生によって演奏されました。
 フルートはともかく、6人の打楽器奏者によって演奏されるパートには非常に驚かされました。この6人の奏者は客席を取り囲むように配置されますが、この一人一人の格好が物凄いのです。何と表現したら良いのか、、、とにかく全身に奇妙なオブジェのように見える自作楽器と思われるものを見にまとい、まさに演奏者自身が巨大な楽器のようになったような奇怪な格好をしているのです。
 初めは聴衆からは全く気付かれないように隠れているのですが、音楽が進む度に一人ずつスポットライトを浴びて姿を見せながら演奏を始め、最終的にはこの6人全員がステージへと移動していきます。
 音響的には四方からヴァレーズを思い起こさせるような打楽器の音響が複雑に響き渡るという感じですが、この響きがかなり絶妙でした。
 
 日本では、この「光」があまりにも神秘主義という側面から語られ過ぎるきらいがあるのですが、私がこの講習会で見た「光」のイメージは、神秘主義というよりは「メルヘン」といったところでしょうか?題材としてはヴァーグナーの「指輪」の壮大な世界というよりはモーツァルトの「魔笛」のような楽しい世界をイメージしました。
 もちろん、ミカエル、ルシファーなどといったいかにも、といった天使たちが主要なキャラクターとして登場しますし、「火曜日」ではこの二人は善と悪の象徴として壮絶な音響とともに戦いを繰り広げたりするので、一概に楽しいとも言えないのですが、実演に接してみれば思った以上に親しみやすいことを納得出来ると思います。

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