June 07, 2002
Charlie Haden & Hank Jones: Steal Away
チャーリー・ヘイデンというと、オーネット・コールマンの歴史的なクァルテットや実験的な音楽性を持つキース・ジャレットのアメリカン・クァルテットのメンバーとしての活躍がよく知られているので、ひょっとするとフリー・ジャズ系のベーシストだと思っている人が多いかもしれない。もちろんそういう方面でのプレイも素晴らしいのだが、彼の本領は4ビート、あるいは2ビートを主体とした伝統的なジャズのスタイルを踏襲しつつモダンな完成を織り込んだ一見地味ではあるが高度な音楽性にあると言えよう。まさに温故知新を絵に描いた様な音楽性である。
スコット・ラファロ以来、あたかもギターであるかのように至難なパッセージを弾きまくるベーシストは多いが、チャーリー・ヘイデンのように少ない音数で多くを語れるベーシストは私の知る限り他には存在しない。彼の指から紡ぎだされる一音一音が人生そのものであるかのような深みをもって響いて来るのだ。このようなミュージシャンはジャズの世界の中では、彼以外にわずかにマイルス・デイヴィスが思い付くくらいだ。
彼のリーダー・アルバムは彼のこうした音楽性を反映したものとなっているのでコマーシャル的に訴えかけるものは殆ど皆無で、CDショップでバカ売れということは基本的にないが(例外がパット・メセニーとのデュオ・アルバム)、彼の深遠な音楽を理解すれば、彼のアルバムはかけがえのない一生の宝物となるであろう。
彼はデュオという演奏形態に大きなこだわりを持っていて、彼名義の初リーダー・アルバム「Closeness」以来、さまざまなミュージシャンとのデュオ・アルバムを作っているが、どのアルバムでもミュージシャン同士の親密で濃密な対話を楽しむ事が出来る。
ここで、ハンク・ジョーンズとのデュオ・アルバム「Steal Away」を紹介しよう。このアルバムは1曲の例外を除いて、黒人霊歌、賛美歌などのよく知られた民謡ばかりが収められている。収録されている曲名をいくつか挙げてみよう。Nobody Knows the Trouble I've Seen, Swing Low, Sometimes I Feel Like a Motherless Child, Danny Boy, What a Friend We Have in Jesus, Amazing Grace など、日本でもよく知られている曲が多く演奏されている。
少なくとも演奏している二人にとっては音楽体験の原点といえるこれらの曲を慈しむように演奏しているが、多くの人によって歌い継がれてきたこれらのシンプルなメロディーに染み込んだスピリットが、この二人の演奏によってスピーカーを通して私達の心に伝わるというのは、なかなか感動的である。演奏自体も虚飾を排し、もともとの素朴なメロディーのラインを生かしたもので、二人の深遠な音楽性と精神性が浮かび上がってくる結果にもなっている。
巷で騒がれている「癒し系」と自称する浅はかな「息抜き音楽」とは次元の全く異なる真の癒しがここにある。癒しとはある面苦い部分も持っているのだと私は考える。例えば、ある有名な黒人霊歌のメロディーを聴くときに、単に知っているメロディーだとか、きれいなメロディーだとかという表面的なことだけでなく、こうしたシンプルなメロディーに純化された、かつてのアメリカで奴隷として虐げられた黒人達の複雑な思いも、私達は一緒に受け止めているのである。
メロディー自体は分析の必要もないくらいにシンプルなもので、このシンプルな構造のどこにそのような感情が入り込む余地があるのか、論理的に説明する事はできない。メロディーに付された歌詞にそのヒントの一部はあるかもしれないが、それでも完全な説明はできないであろう。
理由はともかく、シンプルなメロディーと、このメロディーの本来の美しさを引き出すシンプルな演奏、この「シンプル」のデュオが実際に深く私達の心を動かすのであるから、私達は理由など考えず、目の前にある音楽そのものに素直に感動すればよいのだろう。
