July 28, 2006

KLANG:1時間目「昇天」(中編)

KLANG:1時間目「昇天」(前編)

 私を含めた多くの受講生の関心事はこの新しい連作「KLANG」がどのような作曲技法を用いて作られているのか、ということでした。「LICHT」のスーパー・フォーミュラのようなものがここでも使われているのか、それとも全く異なる原理で構成されているのか?
 シュトックハウゼンは80歳近い高齢になっても常に新しい事へチャレンジする精神を忘れません。「LICHT」はオペラ劇場で演奏するという前提があった、作品全体の設計図でもあるスーパー・フォーミュラを作曲の出発点とした事などで、たくさんの制約があった(もちろんその「制約」の中から最大限の多様性を得るところが魅力でもあったのですが)のに対して、「KLANG」ではオペラという作曲の前提もないし、スーパー・フォーミュラのような設計図も敢えて設定しない事によって完全に自由な状態で作曲したい、というようなことを話していました。
 もっとも「1時間目」で使用された24音のセリーやリズム・パターンが他の作品でも流用されたり、それぞれの作品が24の小部分に分かれたり、という「ゆるい」統一性は考慮されていますが、それも今後の作品で変化していく可能性も十分にあります。
 
 前述のとおり「1時間目」では2オクターブの24音から構成されたセリーが作曲の基礎になっています。ポイントは「マントラ」から「光」までの作品の基礎をなしていたフォーミュラはもはや使われていない、ということです。コンポジション・セミナーのテキスト(シュトックハウゼン出版社より購入可能です)には、シュトックハウゼンはフォーミュラの諸要素よりも(モメント形式の)モメントを再び強く意識するようになり、その両者を組み合わせていくのが良いだろう、と書いています(フォーミュラを使用していないといっても「マントラ」以降、重要視されてきたメロディーの役割が否定された、という訳ではなく、むしろ依然としてメロディーを重要視しています)。

 レクチャーで話していた事も総合すると、フォーミュラやモメントによる作曲法だけでなくそれ以外の自分の試みたあらゆる作曲法を総合していこうとする意図を持っているようです。既に「LICHT」において、自分のそれまでの作曲活動の集大成をしたい、という意図を持っていた訳でその目的も達成できたと私は考えますが、「LICHT」の長い作曲期間で様々な作曲家としての進展がありましたし、今のシュトックハウゼンの目から見ると、フォーミュラによる作曲法の枠組みにとらわれていたし、オペラというジャンル上の制約があって真に自由な作曲ができなかったと見ているようです。
 
 さて、この24音のセリーは以下のようになっています。

 e1-c1-f1-d2-cis2-dis2 - a2-g2-gis2-h1-fis1-ais1 -
 dis1-cis1-d1-↑f2-c2-e2 - ais2-fis2-h2 -↓gis1-g1-a1
 
 ↑=1オクターヴ下の前打音を伴う
 ↓=1オクターヴ上の前打音を伴う
 
 第3音から第4音の短6度上行など、メロディー・ラインで「昇天」を表現しようとしている事がすぐ分かりますが、24音のセリーを6音ずつのグループに分けると2つ目以降のグループが最初のグループを逆行、オクターヴ置換、移高の処理を施したもので、耳で聴き取りやすく覚えやすいように考えられています。
 
 この作品全体のメロディー・ライン(厳密に言えばピッチ構造)はこのセリーをもとにして作り出されるのですが、セリーの各音を1, 2, 3, ... ,22, 23, 24とすると、1, 1-2, 1-2-3, 1-2-3-4というように一音ずつ音が増えていくようにメロディー・ラインを構成する、という驚く程単純な方法を採用しています。但し、それぞれのセリーに基づいたメロディーの間に8種類の自由な挿入句(長さは自由)が常に挟まれることによりメロディーの構造は一気に複雑になります。この挿入句はリンなどの補助打楽器の演奏、休止、クラスター、グリッサンド風の走句、歌手によるイヴェント、でピッチはこのセリーと関係している場合もあれば、全く関係ない場合もあります。
 
 この挿入句を挟んだセリーの増大過程が終わり24音のセリーが完成すると、今度は、1-2-3-...-23-24, 2-3-4-...23-24, 3-4-5-...23-24などとセリーの頭から順次、音を除去していくプロセスに移り最後に第24音目のみが残るまで続きますが(これ以降も同様に挿入句を挟みます)、ここプロセスにおいては第24音に一定の規則に従って音を加えて、2声の和音を構成します。その次はこのセリーの鏡像形による増大と減少のプロセスが同様に行われ、最後にセリーの逆行形が増大していくプロセスが行われます。
 
 驚く事に、これが約40分の作品の(オルガンの右手の)メロディー・ラインのすべてです。まず右手の(リズムも含む)メロディーのすべてが作曲され、左手のメロディーは右手のメロディーをいわば切り張りのように移植して作られます(当然その過程でオリジナルからかなりの変形を加えます)。セリーも前述の通り非常に覚えやすいので、集中して聴けばこの過程を耳で追っていく事が出来ます(セリーが10音以上になってくると聴取は非常に困難になってはきますが不可能ではありません)。
 
 このメロディー(現時点では音高のみ)にリズムが組み合わされますが、この方法が非常に独特です。全曲のリズム構造を12の部分に分け、それぞれの部分を独自の「リズム・ファミリー」と呼ばれるリズム群を使用して、前述のピッチ構造に当てはめていきます。
 それぞれのリズム・ファミリーは付点全音符(=16分音符×24)12個分の持続を持ち、その持続をあるシステマティックな方法(詳しくはテキストをご覧下さい)を用いて複雑な12のリズムパターンへと分割し、そこにある特定の音価から構成された8つのリズム群を挿入します(それぞれの挿入句全体の持続は16分音符24個分)。例えばリズム・ファミリー1では16分音符(リタルダンドなどのテンポ変化を伴います)、リズム・ファミリー3では付点8分音符、リズム・ファミリー12では付点2分音符を使って作られます。従ってリズム・ファミリーの違いによってリズムの密度が異なることになります。
 こうしてできたリズム・ファミリーを2-12-3-11-4-10-5-9-6-8-7-1と構成しますが(だんだんリズムのコントラストが少なくなり最後に一気に細かいリズムへ変化する)、これが作品全体のリズム構造そのものになります(但し、メロディーの挿入句の音価はこのリズム構造外)。
 
 これでピッチとリズムが揃ったのでそれを機械的に組み合わせて作品全体の右手のメロディーが完成しますが、その過程で演奏のしやすさ、様々な音楽的な理由でこの厳密なシステムから意図的に逸脱する場面が数多く見られるのも非常に興味深いところです(これらの過程をテキストに掲載された膨大なスケッチや完成したスコアなどを対照する事で詳細に確認する事が出来ます)。

後編へつづく

まっちゃん@シリウス : July 28, 2006 02:04 PM | トラックバック (0) | Stockhausen , シュトックハウゼン講習会2006

Dwnld_iTunes_bdg_H_wht.gif
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?