March 30, 2008
セリー・フォルメル・メディア
「インターコミュニケーション」64号(画像をクリックするとamazonに飛びます)に「セリー・フォルメル・メディア〜シュトックハウゼンの《ヘリコプター弦楽四重奏曲》」というタイトルの清水穣氏の記事が掲載されていますので紹介します。譜例や注釈も含めて6ページの分量になります。
清水氏は、冒頭「ヘリカル」(私は勝手にこう略しています)が「スペクタクル的な上演形態で知られている」と書き出したものの、そのすぐ後の部分で2007年の上演を例に挙げ、「スペクタクルと言っても田舎町の文化予算の一部で実現可能な程度に過ぎない」といきなり変化球を投げかけ、初演者であるアルディッティ弦楽四重奏団と作曲者とのやりとりの内容を吟味した上で、最終的には、この作品の「本質はスペクタクルにあるのではない」と結論づけるなかなか凝った構成になっています。それではどこに本質があるのかは実際の記事をお読み下さい。
私自身アナリーゼも試みたこの作品のコンセプトの「肝」を知っている私にとっては、あまりにも当然すぎる結論で頷くしかないのですが、ヘリコプターを4台使うとお金が莫大にかかるなどの「スペクタクル」な面ばかりが述べられている現状を考えると、目から鱗の読者も多いかもしれません。あの「アイ〜ンス」「ツヴァ〜〜イ」という叫び声の由来についてもご丁寧な注が付いています。
シュトックハウゼンの作曲技法を語る上で外せない、セリーやフォルメルについても詳細な解説がありますが(《光》のSuperformel全体を収めた譜例もあります)、フォルメルはおろかトータル・セリアリスムの意義も未だに表層的にしか理解されていない現在の状況を考えると非常に有益なものと言えるでしょう。
トータル・セリアリスムとは、12音技法におけるピッチの操作を音高や強度にも応用したもの、という以上の意義を見いだせない人はこの文章を読むべきだと思います。
もっともこの短い文章を読んだからといってトータル・セリアリスムの詳細や、Superformelが具体的にどのように作曲に使われているのか、などが理解できるようになるものではないのですが、単なる作曲法や表面的なアナリーゼに留まらない深い理解へ達するには、ここに書かれているような内容が最低限理解できていなくてはならないのです。
この様な話をキュルテンの講習会の空き時間など折りに触れて清水氏から直接伺ったことを思い出します。
まっちゃん@シリウス : March 30, 2008 10:18 PM | Stockhausen
トータルセリーについては、「音のパラメータを全て列化する作曲技法で、50年代の作曲界の主流だった」と過去形で語られているように思いますね。
この本、アマゾンで買える時代になったんですね。有り難い有り難い。早速、注文しました。
さなやん(りろ@涅槃) : March 31, 2008 04:53 AM新ロマン主義をはじめとするセリー主義の反発から生まれた様々な傾向は、よく吟味するとセリーに対する誤解が多分に含まれています。
その誤解自体も「歴史」なので、おかしいところをあげつらう事をするつもりはありませんが、今という時代にもう一度客観的に見直してみてもいいのではないか、と思います。
そもそもセリーというものがシュトックハウゼンにとっては晩年まで重要だった事もあまり知られてはいなかったりもしますが。
まっちゃん@シリウス : March 31, 2008 10:09 AM